独創的なホラー映画の新鋭 ジョーダン・ピール監督ってどんな人?
目次
生い立ち
コンピュータ系の学校に入学し大学まで進学するが、中退してコメディアンに。
2017年に『ゲット・アウト 』を制作するまでは、コメディアン・俳優として活動。
元コメディアンであるピール監督がホラー映画に進出したきっかけは何なのだろうか。
ピール監督は幼少期からホラー映画が好きだったそうだ。好きが故にたくさんのホラー映画を見た結果、満足できるホラー映画が少なくなっていった。
そこで、自分が気にいるホラー映画を作ろうというのが動機だと語っている。
監督作品
・ゲットアウト(2017)
・アス(2019)
作品の特徴
ジョーダン・ピール監督の特徴として真っ先に上がるのが「格差社会」という社会テーマがしっかりと織り込まれているという点だろう。
社会問題をスリラーとして描いている。
私にとってスリラーは自分の恐怖と向き合う手段だ。だからスリラーが大好きだし、スリラーには美学がある。優れたスリラーというのは現実味に溢れている。実はコメディーが好きなの理由も同じところにある。両者ともクレイジーな展開が許容される一方で、現実と密接に結びついているほど面白い。当分はスリラーというジャンルから離れないだろう。
ハリウッドでもキーパーソンとなるストーリーテラーとなったピール監督。
僕の場合、テーマよりも先にイメージが思い浮かぶんです。それは一瞬をとらえた画だったり、ひとつのシーンだったりするんですが、とにかくまずはイメージが見えて、そこから掘り下げていく。イメージの裏にある真実は何なのか、どうしてそのイメージに直感的に惹かれたんだろうか、と考えていくと、それが自然にテーマの本質に行きつくというタイプですね。まずはインスピレーションが先にあって、それが作品になるんですよ。
ストーリーには日常に非日常が入り込んでくるという特徴がある。
それに関して、ピール監督はこのように語っている。
ホラーとは、リアルに感じられるほど、より効果を発するものだと思います。僕自身、恐怖が少しずつ、ゆっくりとにじみ出てくるようなホラーの物語にこだわりがあると言っていいのかもしれませんね。リアリティを増していくことが、恐怖がゆっくりとにじみ出てくるという現象に繋がってくると思うんです。
それから僕は、現実を知ることが一番怖いと考えています。人間が想像できる範囲で、一番恐ろしい設定は“現実”ですよ。『ゲット・アウト』と『アス』では、物語に神秘的でミステリアスな要素を入れたり、示唆したりすることで、真実が明かされた時、それが想像以上に現実的に思えるというテクニックを使っています。個人的には、きちんと筋の通った、より満足できるものになるんです。
『ゲット・アウト』『アス』とミステリーでストーリーを展開していくという特徴がある。しかし、全ての謎を語ることはない。
これについて監督は次のように語っている。
僕にとって大事なのは、上映中に観客が楽しい時間を過ごすこと。そして、鑑賞後に話したくなる話題をたくさん提供すること。僕が好きなホラー映画は、エンディングがクエスチョンマークで終わるものがほとんど。物語がきれいに終わらない。(中略)種明かしの度合いについては細心の注意を払った。すべてを明かしてしまったら、自分で発見したり、議論する楽しみを観客から奪ってしまう。なにより、せっかくのスリルや恐怖がなくなってしまうからね
ジョーダン・ピール監督作品は今まで見たことのないような独創的な作品だ。
その独創性は全て彼の悪夢や幻覚と人生経験から得たインスピレーションを組み合わせて作られている。
他の映画のオマージュがふんだんに盛り込まれているのも人生経験からインスピレーションを得ているものの一つだろう。
監督独自のビジョンと彼を形成する作品や経験を組み合わせることでジョーダン・ピール監督の味は生み出されている。
以下、作品ごとにどのような着想で製作されたのかに迫っていく。
ゲット・アウト
概要
製作費約450万ドルの低予算ながら、米国で2月に公開されるや大ヒット。米興行収入データベースサイト「ボックス・オフィス・モジョ」によると、世界の興行収入は10月下旬時点で約2億5314万ドルに達した。
あらすじ
ニューヨークに暮らすアフリカ系アメリカ人の写真家クリスは、ある週末に白人の彼女ローズの実家に招待される。若干の不安とは裏腹に、過剰なまでの歓迎を受けるものの、黒人の使用人がいることに妙な違和感を覚える。その夜、庭を猛スピードで走り去る管理人と窓ガラスに映る自分の姿をじっと見つめる家政婦を目撃し、動揺するクリス。翌日、亡くなったローズの祖父を讃えるパーティに多くの友人が集まるが、何故か白人ばかりで気が滅入ってしまう。そんななか、どこか古風な黒人の若者を発見し、思わず携帯で撮影すると、フラッシュが焚かれた瞬間、彼は鼻から血を流しながら急に豹変し、「出ていけ!」と襲い掛かってくる。“何かがおかしい”と感じたクリスは、ローズと一緒に実家から出ようするが・・・。
作品の着想
"人種問題について議論しなくなる言い訳になった"
本作は人種差別と格差社会を正面から描いている。現在のアメリカの人種差別についてピール監督はこう語っている。
オバマが大統領になって人種をめぐる議論が喚起され、人種差別を克服する意味で『よくやった』という感覚が漂い、人種問題は過去のものと思われるようになった。だがそうして多くの人たちがしばらく誤解していたが、黒人の大統領が誕生したところで何ら前進しなかった。人種差別主義という怪物をやっつけることなどできず、問題を正すことにはならなかった
潜在的な人種差別をかえって見落とすことになり、トランプが『よそ者』への恐怖をあおるのを許し、トランプ支持者が力を持つ余地を与えた。その意味では怠慢な結果となったよね
(The Asahi Shinbun GLOBAL+ より)
それが逆に 「人種問題について議論しなくなる言い訳になった」と指摘するのだ。
また、今作の着想は自身の経験からきている。
何年も前、白人の女性とつき合っていた時に、彼女の両親に会いに行ったことがあった。ものすごく、怖かった。かすかなことであれ不快なことを誰かに言われる、あるいは何らかの形で、招かれざる感じを覚えるんじゃないかと。そうした恐怖がその通りになったということはなくて、その家族を責めるわけでもないけれど、実際、私は怖かった。それが今作のプロットとなった
米国でマイノリティーでいるのは、孤立を感じるということ。男性ばかりの中でただ一人の女性でいるのと同様だ。私は、どういう人間であるかよりも、人種的アイデンディティーでもって見られる。今作でも白人たちはクリスに対し、彼が黒人だという点からアプローチする。つまり私の狙いは、『よそ者』であることから生じる恐怖感を取り上げることだった。突き詰めると、普遍的な問題なんだ
(The Asahi Shinbun GLOBAL+ より)
マイノリティでいるそのこと自体が恐怖であるということをこの映画では普遍的に描いている。
アス
概要
2019年の全米興行収入ランキングTOP10をみてほしい。
1.アベンジャーズ エンドゲーム
2.ライオンキング
3.トイストーリー4
5.スパイダーマン:ファーフロムホーム
6.アラジン
7.ジョーカー
8.IT/イット THE END ”それが”見えたら、終わり。
9.アス
日本でもよく聞くディズニー映画が多くみられる。そして、特に注目なのが10作品9作品が漫画原作やリメイク、シリーズ続編映画なのだ。
唯一のオリジナル映画。それが『アス』である
あらすじ
作品の着想
『ゲット・アウト』で成功を収めてから、「もっと自由な心持ちで」臨んだ本作。ピール監督が注目したのが"自分"だ。もっといえば、「自分自身という恐怖、自分自身の抱える恐怖心」だという。
そこで、自分自身の恐怖体験を振り返ったという。
子供の頃、駅のホームで自分とそっくりな子供を何度も見かけることがあり、それがトラウマになっているそうだ。背筋の凍る思いを何度もしたとか。
このようなドッペルゲンガー(のようなもの)に強い恐怖を抱いていたそうだ。
この経験から、主人公とそっくりの赤の他人が登場する映画で、そのそっくりな人に家族がいたら興味深いと思いついた。
そして、ピール監督はこのように語っている。
社会的な映画を作る時、社会の恐怖をテーマにするようにしている。人が集まると起きる邪心だ。そのひとつが同族主義。自分に近かったり、同じだと思ったりする人たちは、自分と遠い存在だったり知らなかったりする人たちよりも価値があるとする考え方だ。今の米国は、世界の他の多くの国と同様に、外国人への嫌悪に基づく政策をとっている。自分たちが他の人たちより大事だと考えている。今は同時に、『世界で自分の居場所はどこにあるのか?』といった問いも差し迫った形で持ち上がっている。
ドッペルゲンガーを描いた映画はこれまでもあったけど、これがなぜ怖いと感じるのか考え始め、『自分自身の影』という考え方について書かれたものを読んだ」とピール監督。「『自分自身の影』は普段は抑えているが、何らかの形で炸裂する。私たちは安心して眠りにつけるように、自らを欺く。今作にはそうした含意を込めるようにした。この物語で表現されたドッペルゲンガーは、欺きやごまかしだ。
このことは、『アス』で追い求めた恐怖の中核を成している。ある朝起きたら、互いに敵同士の米国人が2人いる。その戦いが、いろいろ違った形へと引きずり込まれてゆく。長年抑えられてきた人種差別が炸裂している状況だよね
ピール監督作品はオマージュや仕掛けがふんだんに織り込まれているのも特徴だ。本作の仕掛けについてこう語っている。
僕の個人的に考える『アス』とは、家族や国とすごく関係があるものです。だから、この作品にはアメリカ的なシンボルがたくさん登場します。だけど普遍的な要素も確かにありますよ。特に、社会経済的な格差はどんな国にでもあるんじゃないかと思いますしね。
今回の作品は、僕が育った80年代を振り返るところも多いんです。当時のアメリカでは、楽観主義や愛国心に不安が付きまとっていました。楽観主義や愛国心というものが素朴だった時代だと思います。ロナルド・レーガン政権下で、Hands Across America(※1)やチャレンジャー号の事故(※2)が起こった頃のアメリカと、それから現在のアメリカ。この映画を作るにあたって、それらが僕の頭にあったことは間違いありません。
(※1)1986年8月25日に開催されたチャリティーイベント。人々が15分間にわたって手をつなぎ、アメリカ全土を横断する“人間の鎖”を作った。参加者の寄付金などがアフリカに寄付された。
(※2)チャレンジャー号爆発事故。1986年1月28日、スペースシャトル「チャレンジャー号」が打ち上げの73秒後に空中分解し、乗組員7名が死亡した。
(THE RIVERより)
今作は前作『ゲット・アウト』とは異なり人種問題がメインではない。だが監督はこのように語っている。
米国で映画を作ると、人種問題は避けて通れない。今作は『ゲット・アウト』と違って、人種差別を中心には据えられないと感じたが、それでも人種差別に対する論評はたくさん織り込まれている。
米国では、アフリカ系の家族がこんな風に登場するホラー映画はそれまでなかった。新しさを大いに感じられるし、かつ人種問題の含意もある。だいたい、たいていのホラー映画ではアフリカ系が真っ先に死ぬからね(笑)。こうした映画は稀なんだよ。黒人のホラー映画ファンとしても、すごく大きな意味があるよ。自分の好きなジャンルながら、黒人を登場させるのは大変なことだから。そうして多様性の境界線を押し上げることによって、いわゆる『許されざる領域』に踏み込んだ事実ができて、また活用されてゆく
ピール監督は社会問題やアメリカに非常に自覚的で、我々日本人ならば忘れてしまっているようなことも作品には織り込まれている。私たちの戒めにもなるかもしれない。
ジョーダン・ピール監督の次回作も楽しみだ 。